ケイト氏アメリカを行く!! (36) |
| 2001年6月25日(木) 曇り時々雨 ついに念願かなってアメリカに降り立ったケイト氏。しかし期待のナッシュビルは最後にとっておき、まずはバッファロー空港に到着。そこにはMrs.ケイトの友人であるリンダ夫妻がにこやかな笑顔で迎えてくれていた。緊張のケイト氏は勉強してきた筈の挨拶さえまともに出来ずただ頭を何回も下げるばかりである。ホテルに泊まりたいと言いつづけていたケイト氏であったが滞在中リンダ家にお世話になりアメリカ人の生活を目の当たりに見ることが出来て勉強になったし楽しかったようである。バッファローではお決まりのナイアガラの滝見物に連れていってもらうことに。車で一時間もかからないのであるがそこはもうカナダなのである。「霧の乙女号」という船にのり込み滝壷近くまで行くのであるが遠くから見るのと違いその迫力に圧倒されっぱなしである。大きなカッパを着ているのであるが滝の水飛沫に全身ずぶぬれになるわ轟音に言葉は聞こえずといった感じで船から下りてもしばらくは呆然しているばかりである。アメリカのスケールの大きさに圧倒された一日であった。そして翌日はアーミッシュカントリーという所に行ったのであるがここがまた凄いところなのであった。アーミッシュは今でも電気や車など現代文化を一切拒否して昔ながらの自給自足生活をしている人達の村なのである。行くまでは日本のアイヌ村みたいなところを想像していたのであるがとんでもないそこにはホテルも電話もレストランさえもなくバギーと呼ぶ馬車が唯一の交通手段なのである。そして男性は黒い帽子に黒のシャツと黒のズボンでみんな髭をのばしているのである。女性は水色のボンネットをかぶり水色のブラウスそして水色のロングスカートをはいていてまるでテレビで見る「大草原の小さな家」の暮らしそのものである。子供達はよそ者が来るとドアの陰から恐いものを見るといった面持ちである。それでも革製品や木工品などすべて手作りでしかも安いので遠くから買いに来る人がいるのであるがアメリカ人ですら道に迷うようなところなのである。もし車が故障したりガス欠になったらどうやって帰ればいいのか心配になるような少し不気味な雰囲気がするところなのである。しかも写真を撮ってはいけないので余計に人に知られていないのかもしれない。それでもここもアメリカなのだと思うとやはりアメリカは広くて一言では語れない国であった。 さてバッファローに別れを告げて次ぎはジャズの本場ニューオリンズである。ここも驚いたことにバーボン通りというわずか200m位の通りにライブハウスがひしめいていて夜遅くなればなるほどにぎやかになる通りがある。英語がしゃべれないケイト氏であるがここに来たら目の色が変わってしまい夜な夜なこの通りに出かけていくのである。方向音痴でもあるケイト氏であるがそれでも無事ホテルに帰って来るのであるからなんともあきれてしまう。さすがにここは古くからの観光地で湿地帯のワニが見られるスワンプツアーや、映画「風と共に去りぬ」の舞台となったさとうきび農園の大邸宅めぐりなどさまざまなツアーがあるし食べ物もケイジャン料理やクレオール料理といった独特のものがあってまた違ったアメリカなのであった。 そして二人の旅はいよいよケイト氏お待ちかねテネシー州はナッシュビルへと向うのであります。 |